山形フィルハーモニー交響楽団


中村さん(鎌倉交響楽団、Cb)からのお便りの紹介 1997.10.17

中村@鎌倉交響楽団です。

亀田先生、山フィルのみなさまご無沙汰しております。
マーラーもうすぐですね。
高橋裕子さんから、シンホニックタイムス送って頂きました。ありがとうございました。 高坂先生の、志鳥賞受賞おめでとうございます。お祝いに行けなくてとても残念ですが、 もし、よろしければ、祝電ならぬ祝メールを送らせて頂きますので、みなさんにお伝えい ただければ幸です。
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高坂先生、志鳥音楽賞受章おめでとうございます。
そして山形フィルの皆様、創立45周年おめでとうございます。
私としては、山形へ行き、みなさんと一緒にお祝いできないのがとても残念ですが、これからも、高坂先生がずっとお元気で山フィルをしっかり支えていてくださることを確信しておりますので、次の機会に参加させていただいたときに、改めてお祝い申し上げたいと思います。

私は、今でもアマチュア音楽活動を続けてますが、学生時代に山形で山フィルの高坂先生や高橋裕子さんに出会わなかったら、大阪や四国での転勤先でのすばらしい音楽中間との出会いや、趣味を共にして毎週一緒に練習に通う妻との出会いもありませんでした。 私が山形大学に入学した当時は、まだ、学生オケはありませんでした。どうしてもオケでコントラバスをやりたい私は、高校時代の先生の薦めで、山フィルの練習場を訪れました。それから、当時の特設音楽科の先生の特別の計らいにより、音楽科の楽器を借りて練習を、するのを許可され、コントラバスのバイブルとも言える教本のシマンドルを終了しました。大学3年のときには、突然コントラバスのトップを命じられ、そのときが渡辺暁雄先生のチャコフスキーの5番でした。その後、卒業後も山フィルから毎年声をかけていただいており、私にとってとても勉強になる山フィルに、大阪や四国やつくば、川崎をいった転勤先からも楽しく通わせていただいました。以前にシンホニックタイムスに書きましたが、松山で暁雄先生の指揮でマーラーの1番をやったとき、3楽章のソロを私が任され、なんとかうまくいって暁雄先生からステージで花束をいただくという、私にとって生涯忘れられない出来事がありました。しかし、最もうれしかったのは、そのとき高坂先生が山形から聴ききにいらしてくれていたことです。私は、高坂先生や山フィルに恩返しができたような気持ちでした。
高坂先生が、創られた山フィルは、全国のアマチュアオケの中でも、本格的な音楽を目指すすばらしいオーケストラに成長されました。最近できたホームページでは、団員同志の心のつながりの様子も良く出ていて、暖かさを感じます。山形で愛されるオーケストラに在籍していたことを私は感謝すると共に、誇りに思います。
これからも高坂先生の益々のご健勝と、山フィルのご発展を心からお祈りしております。
                          平成9年10月
                           鎌倉交響楽団
                            中村安孝


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